札幌高等裁判所 昭和30年(ネ)4号 判決 1959年9月04日
控訴人 鷲谷千代
被控訴人 労働保険審査会
訴訟代理人 宇佐美初男 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。北海道労働者災害補償保険審査会が昭和二十九年六月五日控訴人に対してなした審査請求を棄却する旨の決定を取り消す。控訴人の配偶者鷲谷新一の死亡は業務上の事由にもとずくものであることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、認否、援用は、次のとおり附加する外、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一、控訴代理人は「新一の死亡は、原判決事実摘示の傷害により誘発されたものであると予備的に主張する。被控訴人がその主張の如く本件訴訟を受け継いだものとみなされたことは認める。控訴人は岩見沢労働基準監督署長に対し昭和二十五年九月中旬補償費の請求を口頭で行い、爾後毎月のように請求している。」と述べ、
二、被控訴代理人は「控訴人が補償費の請求をしたのは昭和二十七年五月頃であつて、新一の死亡した昭和二十五年二月二十六日の翌日から起算して二年の時効期間の経過した後である。控訴人の前記予備的請求は否認する。昭和三十一年法律第百二十六号労働保険審査官及び労働保険審査会法附則第十三項の規定により同法施行の日である昭和三十一年八月一日被控訴人が本件訴訟を受け継いだものとみなされた。」と述べ、
三、証拠<省略>
理由
控訴人の夫鷲谷新一が住友石炭鉱業株式会社の従業員で労働者災害補償保険法の適用を受けていたこと、同人が昭和二十五年二月二十六日死亡したこと、控訴人が右新一の死亡は業務によるものであるとして、岩見沢労働基準監督署長に対し同法に定める遺族補償費を請求したが、昭和二十七年十月七日附で申請を棄却され、北海道労働基準局保険審査官に対し昭和二十八年六月九日審査の請求をなしたが昭和二十九年三月三日附で審査請求を棄却され、更に北海道労働者災害補償保険審査会に対し所定期間内に審査の請求をなしたが、昭和二十九年六月五日附で控訴の趣旨に掲げた如き決定がなされたこと、被控訴人が昭和三十一年法律第百二十六号により昭和三十一年八月一日本件訴訟を受け継いだものとみなされたことは当事者間に争いがない。
被控訴人は「控訴人が岩見沢労働基準監督署長に対し補償費の請求をしたのは、新一が死亡してから二年の時効期間が経過した昭和二十七年五月頃であるから、仮りに請求権があるとしても時効により消滅した。」と主張するので判断する。成立に争いない乙第四、第六、第七号証、原審証人町谷稔の証言により成立の認められる乙第一、第五号証原番証人木下豊の証言により成立の認められる乙第二、第三号証原審証人町谷稔同高橋広原審及び当審(第一、二回)証人木下豊当審証人桑野信吉の各証言を総合すれば、控訴人が岩見沢労働基準監督署に昭和二十七年五月に行き、担当官である同署員桑野信吉に面接し、口頭で遺族補償費の請求をしたこと、桑野信吉はこれを上司に報告し、調査した結果、新一が昭和二十三年十二月十三日前記会社旧鉱務所の解体作業に従事中、梁から転落して打撲症を受けたが、この負傷は胸部のみであつて、これは治癒しており、この外に死亡の原因となる負傷はなく死亡当時治療に当つていた北海道大学附属病院精神神経科医師木下豊の診断により、新一は進行麻痺特有の蜘蛛膜下出血により死亡したもので、私傷であることが判明し、かたがた、右請求権は時効にもかかつていたので、その旨の意見を附して上司に報告したこと、控訴人が右の日時より以前に同署に来て請求したとすれば、担当官である同人に直ちに連絡がある筈であるが、右日時以前にはなんらかかる請求について話を聞いていないことが認められる。昭和二十五年九月中旬に請求をした旨の控訴人の当審における供述(第一二回)は措信できず、その他右認定を動かすべき証拠はない。
しからば、控訴人は新一が死亡した昭和二十五年二月二十六日から二年を経過した昭和二十七年五月に岩見沢労働基準監督署長に対し遺族補償費の請求をしたのであるから、その請求権は労働者災害補償保険法第四十二条一項の規定により、請求権は昭和二十七年二月二十六日時効により消滅したのみならず鷲谷新一の死因が前記の如く公傷ではなく私傷によるものであることは前記各証拠により充分認められる。右認定に反する控訴本人の各供述並原審証人高見繁の証言は措信できない。成立に争のない甲第十二、第十三、第十五、第十六号証当審鑑定人内藤道興の鑑定の結果は右認定の妨げとなるものではないし、他に右認定を左右するに足る証拠は存しないから、控訴人主張の補償費請求権も発生しなかつたものといわなければならない。従つて、何れにするも本訴裁決取消の請求は理由がない。
又確認の請求も単に事実の確認を求めるに過ぎないものであるからその理由がないこと明かである。
よつて、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条により主文のとおり判決する。
(裁判官 石谷三郎 渡辺一雄 岡成人)